3.5月 31日
(圭斗がいない? どういうことだよ)
「今探してるんだけどさあ。見つからないんだよ」
携帯電話の向こうの葵に、圭斗が顔を洗いに行ったきり戻ってこないことを伝える。
(ああ、もう。わかった、俺も今からそっち行くから)
電話を切ると秋人が、
「葵は?」
「すぐ来るって」
答えながら、陵也はもう走り出している。
誰もいない、しんとした校内を、二人は圭斗を探して走り回った。
屋上に出るドアの前に、匠と章太が座り込んでいた。
「――兄貴、どうするつもりなんだろ」
匠が呟いた。膝を抱えてぼんやりしていた章太がそちらを向く。
「山波?」
「そう。なんか最近おかしいもん、兄貴」
「……そうだよなあ。でもずいぶん前から、山波に執着してたけど」
「だよな。ま、いっか。まさか殺したりはしないだろうし」
「でもなんでおれたちに見張りまでさせるんだろ。そもそもそんな必要あんのかな」
章太の言葉に、匠は首を振った。
「どうでもいいけど暇だよなあ」
圭斗が、屋上の床に倒れていた。匠の兄・工藤昇は何度目か、彼を蹴りつけた。かすかな悲鳴が漏れる。
「圭斗――どうしておれを見ない?」
圭斗は答えない。ただ震えて泣いているだけだ。昇はうつぶせの圭斗の髪を乱暴に摑み、ぐいと引き上げた。
「ひっ……」
圭斗の、殴られて血と涙で汚れた顔。無理やりこちらを向かせても、昇を見ようとはしない瞳。
頬をさらに何度か張り、半ば気を失ってぐったりした圭斗を仰向けに横たえると、その小さな体を包んだ服に手をかけ、一気に引き裂いた。
――ドアの向こうで、複数の人の声がした。もみ合うような音がしたかと思うとドアが開き、坂河葵が飛び込んできた。その後ろで、匠と章太が小林秋人と布槌陵也に殴り倒されている。
「圭斗――……!」
半裸で倒れている圭斗を見て、葵の顔が青ざめた。次の瞬間、跳躍した葵の膝が昇を襲った。普通の人間は持たない“力”を込めた一撃に、昇は三メートルほど吹っ飛び、フェンスに叩きつけられて失神した。
「圭斗、おい大丈夫か?」
葵に抱き起こされて、圭斗が目を開ける。震える手が、遠慮がちに葵の服を摑んだ。葵は彼の髪をそっと撫でながら、全身をチェックする。
――よかった、ヘンなことはされてないな。
校舎から出て、校門のそばに黒い車が停まっているのにはじめに気づいたのは陵也だった。「あれ、克魅(かつみ)?」
「呼んどいた」
と、葵。背負われた圭斗は彼の肩に顔を埋(うず)め、まだ泣いている。
「……よく克魅を足に使えるよな、葵」
秋人の言葉に、葵はふっと笑う。
「うらやましいか」
「いや全然。なんか後が怖いし」
「まあ、おまえたちにはそうかもな」
「なんだよそれ……」
「あれ、お抱え運転手どこ行った?」
葵が運転席を覗き込んで言った。
「誰がお抱え運転手だ」
歩いてきた男が葵の頭を小突いた。黒いTシャツ黒いズボンを身に着けた長身の若い男で、目つきがすこぶる悪い。ハリィハックの長兄、副社長である。彼の姿が視界に入った瞬間、葵の背から降りていた圭斗がぴたりと泣き止む。泣く子も黙る、とはこのことか。
「人を呼びつけておいてずいぶん待たせるじゃねえか、葵」
「呼ばれてから来んのが早いんだよ。そんなに俺に逢いたかったのか?」
「ぶっ殺すぞてめえ」
「まあいいからいいから」
葵が克魅の背をぽんぽんと叩く。「さ、帰ろー」
葵の声に、ハリィハックの男たちは車に乗り込んだ。
「工藤たち、あのままにしておいてよかったのかな」
ハリィハックに戻ると、陵也が言った。
「いいんじゃねーの。風邪ぐらいひいたって自業自得」
やや冷ややかに、秋人が返す。
「そりゃそーだけどさ……」
言いかけた陵也は、幼馴染みが微かに震えていることに気づいた。
「――――アキ」
すぐにその理由に思い当たる。数十分前、屋上の床で外気に晒されながら、半裸で男に組み敷かれていた圭斗の姿。
「大丈夫だよ、もう」
陵也は、そっと秋人を抱いた。「圭斗はちょっと殴られただけだし。――おまえだってもう絶対、あんな目には遭わない。オレが遭わせないし、葵も克魅も守ってくれる。椎名さんも仕事ちゃんと選んでくれてる」
「……わかってる」
秋人は小さな声で言った。
「なに怖がってんだろうな、オレ。あんなこと、たいしたことでもないのに――はっ!?」
二人は同時に気づいた。風呂に入っていたはずの圭斗がバスタオルを肩からかけただけの格好で、至近距離からじっとこちらを見つめている。
「なんの話?」
「ナイショ」
圭斗に向けて、二人でニンマリ笑う。
「こら圭斗! ちゃんと拭いてから出ろって!」
葵が洗面所から出てきて、圭斗をバスタオルでくるみなおす。しかし彼も腰にタオルを巻きつけただけの格好で、髪からはまだ滴が落ち続けている。
葵のタオルに、静かに後ろに回りこんだ長谷川(はせがわ)那未(なみ)の手が伸びる。
「あっ、こら! バカやめろ」
気づいた葵が小六の婚約者の手を押さえ、彼の手が押さえていた圭斗のタオルが床に落ちる。
「……これって大きいの、小さいの?」
那未が指差して訊く。
「う〜ん、フツウ?」
「圭斗のはもうちょっと小さいと思ってたんだけどな」
秋人と陵也がつつきながら答える。
「…………わぁんっ」
圭斗が三人を振り払い、寝室に駆け込む。
那未は気に留めず、
「じゃ、葵のは?」
「おい」
葵が彼女を睨むが、陵也が笑いながら、
「そりゃもっとでかいよ、中学生だぜ」
「やだーっv」
いまさら恥らう乙女。
5月31日
今日は、昨日のテストが返ってきた。アキと陵也が、葵には見せるなと言った。何かにおびえているようだった。
那未さんはエッチだ。
アキと陵也はとっても仲良しで今日もゆかい。
「テスト……?」
葵はピクリと眉を上げた。