こいびと?










こいびと?









6月のある日。圭斗が目を醒ますと、友人が2人、なにやら真剣な表情をしていた。
(今日・・・・・・土曜日だったっけ)
もう少し寝よう。再び目を閉じて寝返りを打った。2人の話す声が聞こえてくる。
「ホントだと思うか? どう考えたってあいつのことだろ?」
透夜が声を低くして言う。誠太も同じように声をひそめて、
「相手が誰でも、オメデトウって思うべきだよね、やっぱ・・・・・・」
透兄だし、とつぶやく。
圭斗は内心で首を傾げた。何の話してんだ、人の部屋で? ていうか、いくら合鍵持ってるからって勝手に上がりこむなよ・・・・・・。
「はぁ・・・・・・。圭斗、起きねーな」
透夜の口調はなんだか起きて欲しくなさそうだ。
「他にいないのかなぁ、女の人で。黒目がちでちょっとつり目、年下の超美人でおれたちの知ってる人・・・・・・」
なにそれ。
年下かあ。俺は年上のが好みだけど、そんな女性(ひと)なら会ってみたいな・・・・・・。
圭斗が好みの女性に思いをめぐらせていると、透夜がため息と共に、
「やっぱ圭斗しかいねえよなぁ」
言った。
え、なにが?
「まさか透兄と圭斗が付き合い始めるなんてね・・・・・・」
は? そりゃお付き合いはありますよ。アンタタチともあるでショウ? オツキアイ?
「ちょっと待てえーーーぇっ!!」
一気に目が醒めた圭斗は起き上がるなり誠太につかみかかり、がっくんがっくん揺さぶった。
「オツキアイ? オツキアイ? オツキアイ? オツキアイ? オツキアイ!??」
誠太の頭は面白いように前後に振り回される。
「も、もげる・・・・・・」
「その反応・・・・・・誤解なんだな!? 透兄の恋人はおまえじゃないんだな!?」
「あたりまえだ!! 誰が透さんなんかとつきあうか! あの胸はいくらでかくたって筋肉100%じゃないか!!!」
俺はもっとふっくらしててぽよんとしてる胸が好きだ! 女の人の胸が大好きなんだ!!
ご近所に聞かれると恥ずかしいことを叫ぶ圭斗に、
「誤解か! よかったぁ〜」
安堵する透夜。誠太は白目を剥いて泡を吹いている。
誤解が解けたので圭斗は笑顔になり、
「やなゴカイすんなよ〜。軽く毒でも盛ろうかと思っちゃったじゃんか〜」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
「あ、お茶淹れるね」
立ち上がる。
「いやいらねえ! このタイミングで出されても飲めねえよっ」
「遠慮しなくていいって。朝ゴハン食べた?」
「食った。だから何もしなくていい!」
そこまで言われては、と開きかけた冷蔵庫を閉めた。でもお茶は淹れる。
しばし訪れた沈黙。透夜が部屋の中を見回している。誕生日を境に物が増えたので、少し狭く感じているのかもしれない。
「――相変わらず生活臭がしねえよな、この部屋」
そんなことを言い出した。部屋の隅には猫トイレまで置いてあるのに。






「圭斗さあ」
お茶が置かれるのを見ながら、透夜はつい口を開いていた。「ん?」と圭斗が顔を上げる。
「なんで、一人暮らしなんかしてんだ」
「・・・・・・え?」


馬鹿なことを訊いた。透夜はすぐに後悔した
案の定、圭斗は困ったように首を傾げた。「なんでって言われてもなぁ」
わかってる。圭斗は家にいられないからここにこうしている。だけど、小六のとき家出してそれから自分たちと再会するまで三年間、どこでどうしていたのか、ほとんど聞いたことがない。緑穂小学校に通っていたのは親から聞いていた。緑穂中学に進んで、今年の一月に瞭歩中学に転校、その半月後この部屋入居。春休みにどういう知り合いだか知らないけど阿倍さんと旅行に行き、透兄と再会、その後自分たちとも再会した。
そのくらいしか知らない。自分たちは圭斗のことを知らなすぎると思う。
そりゃ、相手のことを一から十まで知らなければ友達じゃない、なんて思ってるわけじゃない。だけど、自分たちが知らない圭斗の時間とか秘密とかが、心に引っかかって仕方ない。それに、知りたいと思うのはやっぱり、友達だからだ。どうでも良ければ知りたいなんて思わない。
試しにそれとなく過去のことを聞いてみたときは、あいまいな笑顔でかわされた。言いたくないのがわかった。だから余計気になる。知りたいと思うのがただの好奇心によるものなら、聞かないで我慢することだって多分出来る。でもそうじゃない。心配なんだ。圭斗は時々、目を離すと今にも消えてなくなっちゃうんじゃないか思わせるから。
再会したばかりの頃と比べるとよく笑うようになったけど、それは無表情の上にペタリと貼り付けたような笑み。
圭斗は本当にここにいるのか。そんな風に思うことがある。住んでいるはずの場所に、人の住んでいる気配がしない。三年間、あるいは十年間の空白。
昔、確かに圭斗はいた。嬉しいときは嬉しい、哀しいときは哀しい感情を露わにしていた山波圭斗が。幼いときの別れの際、もう二度と会えないんじゃないかと思ったのは自分だけじゃない。だから透兄も潤も、傍にいると、必ず迎えに行くと、約束したんじゃないか。中学に入学したとき圭斗のことを思い出して、あいつはもう死んでしまったんじゃないかと思った――
一人じゃ絶対に生きていられない奴だったから。別れのとき、虐待は始まっていたから。自分たちはそのことに気づいていたから。
でも生きてた。良かったと思う。自分はなにを馬鹿なことを考えたのかと思った。あんなこと考えて悪かったと。
なのに、今の圭斗を知れば知るほど、彼が偽者のように見えてくる。
予想のつく反応。――「家出したから」


「えーと・・・・・・家出したから?」
作り物みたいに。
「うわ、なに?」
気がつくと、透夜は圭斗の胸倉を掴み上げていた。イライラする。
「なんなんだよテメエは」
「いやそれこっちのセリフ・・・・・・」
「おまえの目標はなんだ?」
「・・・・・・目指せ身長180センチ。これだけは譲れないね」
「悩みはあるか」
「なかなか伸びない」
「努力してることは」
「カルシウム摂取」
「・・・・・・・・・身長以外のことないのか?」
「誠太と透夜が勝手に上がりこんでくる」
「・・・・・・・・」
「まあそれはどうでもいいんだけどさ。透夜はさっきからなんなの。人を傷つけて楽しいか」
「おれがいつ傷つけてんだよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・身長」
「気にしすぎだろ。言うほどチビじゃねえよ。大体これから伸びんだろ」
「え、そうかな♪ でも俺が一番ちっさいのもヤなんだよ!」
ああ。やっぱりおれの気のせいだったのか。圭斗はこんなにちゃんと生きている。
透夜は安堵して、彼にしては素直に頭を下げた。
「わるい・・・・・・」
「? うん」
圭斗は気にした様子もなく、冷めてもいないお茶を入れなおす。
「・・・・・・・・・」
そういえば、さっき毒がどうとか言ってなかったか?
「飲まないの、透夜?」
湯飲みに口をつけようとしない透夜を、復活した誠太が不思議そうに見る。
「あはは、毒なんか入ってないよ。あははははははははは」
ちっともわらっていない口調の圭斗は、目だってちっとも笑っていない。
「みあ〜」
それまで静かだった灰が、透夜のお茶を横取りすべくローテーブルに飛び乗る。
「だめだ灰!!」
圭斗がもの凄い勢いで愛猫を抱き上げる。
「・・・・・・っ!」
「どうしたの、圭斗」
誠太が呆気にとられて訊くと、圭斗はちらりと透夜を見て、
「ああほら。灰、猫舌だから。熱いお茶は危ないでしょ」
と笑顔で答えた。
それから三時間、透夜は部屋を出るまでどんなに喉が渇いても、とうとうお茶に口をつけなかった。
「あー透夜飲まなかったんだ」
三人で部屋を出ようとしたとき、圭斗がためらいなくその冷め切ったお茶を飲み干し、透夜は悔し涙を流した。






「まさか透さんに彼女が出来るなんて・・・・・・奇跡ってほんとにあるんですね」
「ケンカ売りに来たのかおまえは」
しみじみといった圭斗を、仕事が終わって外に出てきた透が睨む。
「まさか! 俺は誠太たちに聞いてお祝いに来たんですよ。透さんが捨てられる前にと思って、急いで」
「・・・・・・圭斗」
透の怒りのこもった声に、圭斗はそっぽを向く。
「それより透兄の彼女ってどんなヒト? 特徴だけ聞くと圭斗と間違えちゃうようなのってどうかと思うけど」
誠太が訊く。透は頷いて、
「ああ、姉弟だから似てんだろうな」
「・・・・・・姉弟? まさか、彼女って――嶺姉??」
「うえ、マジ?」
「おまえらなんだ、その反応・・・・・・圭斗?」
透が、首を傾げている圭斗に声をかける。
「姉弟・・・・・・嶺姉? ・・・・・・・・・あ? ・・・えええ!??」
圭斗は驚愕の表情を透に向けた。「もしかしてそういえばいたような気がする俺の姉ですか!?」
「いたような気がするっておまえ・・・・・・その嶺ちゃんだ」
「俺はドウシタライイですか!?」
そわそわおろおろし始める圭斗。
「圭斗はどうもしなくていいと思うよ」
「だよな。透兄の彼女なんだから」
「そうはいかない。今日これから嶺ちゃんと会うから、おまえも来い」
「いやですよ! なんで人のデートについてかないといけないんですか!」
「おまえがどうしたらいいって訊いてきたんだろうが。とにかく、音信不通なのは良くない。ほら行くぞ」
「いやだあああぁぁ!!」
暴れる圭斗を肩に担ぎ、透は去っていった。
「・・・・・・あんな嫌がることないよね」
「嶺姉にはいじめられてなかったもんな。つーか透兄、いつの間に嶺姉と・・・・・・」
「いいなぁ、彼女」
「・・・・・・帰るか」
誠太と透夜はもっそりと帰って行った。






「で、どうなったの?」
透夜が電話の向こうの透に訊いた。
『大変だったんだけどな。何とか圭斗を実家に泊まらせることに成功した。・・・・・・両親留守らしいんだけど』
「じゃあ今あいつ嶺姉と二人っきりか」
『ああ。喧嘩とかしなきゃいいんだけどな』
「それより他に心配することあるんじゃねーの? ほら、いくら姉弟っつっても、ずっと別々に暮らしてたんだろ。圭斗なんか存在忘れてたじゃねーか。てことはもう、感情的にはほぼ他人。見知らぬ男と女が一つ屋根の下〜♪」
『なんだおまえ、酔ってんのか?』
「酔ってねーよ。で、透兄はそんな心配微塵もしなかったんだ?」
『まあな。おれは圭斗の非力を信じてる』
「・・・・・・信じるとこ違う。多分」
『ま、圭斗はあれで意外と常識人だから、大丈夫だろ』
あいつの最大の非常識はスフレに蝗の佃煮を入れるくらいだからな、といって、透は笑った。






「はあぁ・・・・・・」
圭斗がため息をつく。「俺の姉は、美人で優しくってちょっとお茶目なところがあって家事も完璧で、休みの日には可愛い弟のために手縫いのマフラーとか作ってくれるんです・・・・・・」
「理想はどこまでも理想で終わるものよ。ていうか手縫いのマフラーってなによ」
「昨今はいい布が売っているので毛糸で不器用に硬く編まれるよりよっぽどいいものが簡単に出来上がるのです・・・・・・」
「あっそう。あたしが不器用で固いマフラーしか編めないと思ってるわけね。でも硬いマフラーはいざというとき、防災頭巾になっていいんじゃない?」
「なんだそのポジティブ思考・・・・・・・・・・・・ギブ。ギブ。ギブッ」
「ふっ・・・自分の愚かさを認めたわね」
嶺は満足そうに笑って、四の字固めを解いた。
「ちくしょう・・・・・・結局力技かよ」
「力技で負ける男の姿ほど愉快なものはないわね!」
高笑いする姉を、圭斗はじっと見つめた。透の仲裁もあって、普通に会話ができていると思う。
はっきり言って、姉がどんな人物だったかなんて、ほとんど覚えていない。だが、三年前彼が家を出た直接のきっかけは、実はこの姉にある。
あのときの彼女の言葉は、確かに間違っていないと思う。だから恨むつもりも文句を言うつもりもない。ただ、あの言葉はきっと、言われた自分よりも言った彼女のほうをより傷つけたんじゃないかと思って、いたのだが。
「ぜんッぜん気にしてないよなぁ」
「気にしてたわよ。あのときのことでしょ?」
呟いた圭斗の言葉に、嶺が反応する。
「それまでただ黙って父さんや母さんに耐えてたあんたが、あのあとすぐ出てっちゃうんだから」


――「あんたのせいで、父さんも母さんも嫌な思いしてるんだからね!!」


「気にしないでよね。あたしだって若かったんだから」
「あーハイハイ。俺のほうがもっと若かったけどな」
「あんたね・・・・・・」
「ゴメンて一言言ってくれれば嬉しっかな〜」
「ゴメン」
「早っ」
『いつかぎゃふんと言わせてやる』って言った相手に『ぎゃふん』と言われるぐらい早い。
「まあいいわ。それより、泊めてやるんだから朝食はあんたが作りなさいね」
「まあいいわって俺の台詞・・・・・・それに止めてやるって一応俺もこの家の人間なんだけど」
「家出中の奴がなに言ってんの? なんか文句あるわけ? このあたしに」
「ごめんなさいアップで怒んないでくださいキッツイから」
「あとあんたの寝床はそこだからね」
「そこって」
「今あんたが座ってるそのソファよ」
「・・・・・・家出中だから一応客なのに・・・」
「なんか言った?」
「イエ何も」
「しばらく干してない布団でいいならベッドがあるわよ。あんたの部屋に」
「俺の部屋っ? ・・・・・・なんでそんなもんあんの? 俺が家出てからここに引っ越したのに」
「知らない。でも今あたしの物置よ。」
「・・・・・・ここでいいや」
クスン、とわざとらしく鼻を啜って、圭斗は渡された毛布に包まった。






そろそろ日付が変わるという頃。
「ただいまー」
玄関で女の声がして、圭斗の意識はぼんやりと覚醒した。
(ただいま・・・・・・?)
二階から、嶺が降りてくるのがわかった。
「母さん! どうしたの急に。当分帰って来ないんじゃなかった?」
(かあさん・・・・・・・・・・・・母さん!?)
半分夢の中にいた意識が現実に引き戻される。
(え、え、え? 帰ってきたの? なんで? どどうしよう!?)
とりあえず背もたれに向くように寝返りを打ち、毛布を顔まで引き上げる。ここはもう、寝たふりしかない・・・・・・!
「――圭斗・・・・・・?」
いつの間に近くまで来ていたのか、すぐ傍で母の声がして、圭斗は身を硬くした。顔を、覗き込まれている気配がする・・・・・・。
「大丈夫よ」
と、嶺の声。「もう十五の男の子よ。ちょっと触ったぐらいで壊れたりしないわ」
(壊れる・・・・・・?)
何のことかと思っていると、
「そう・・・・・・よね」
そっと、毛布が下げられた。顔を隠す前髪を、優しくかき上げられて。
一瞬の間の後、頬に触れる柔らかな髪の感触と、温かな――






呆然。
圭斗の様子は、まさにそれだった。
翌日透が嶺に電話をかけると、圭斗はもう帰ったというのでマンションを訪ねたのだ。床にぺたりと座り込んだまま、頬を押さえて動かない圭斗。
「おいどうした? 昨日なんかあったのか?」
透が無理やり圭斗の視界に入る。圭斗はハッとして目を見開いた。
「ととと透さん!? こ、これは俺が寝てたらちゅうって帰ってきて寝たふりが母さんでっっ」
「落ち着けって。ゆっくり言ってみろ」


寝てたらお母さんが帰ってきたから寝たふりしてたらチューされた。


「・・・・・・どういうことだ?」
「こっちが訊きたいですよ」
何とか落ち着いたものの、まだ困惑した顔を赤く染めたままの圭斗が透を見上げる。
「あの・・・・・・嫌いだったら、しませんよね?」
そのしぐさがあまりにも子どもっぽくて、思わず噴出してしまった。
「っは、そうだな。で、なんか話してきたのか?」
「え、イヤそのまま寝たふり続けて、明け方こっそり出てきました」
「そうか・・・・・・」
透は笑いながら、ぐしゃぐしゃと圭斗の頭を撫でた。


この親子はきっといつか、やり直せるだろうと思いながら。




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05.2.22
お久しぶりの水の声音本編(苦笑)




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