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あいたいひと
梅雨真っ盛り。雨の降る日曜日。 「あ、ひっさしぶりー」 「帰ってたのか」 「そー。中間テスト返ってきたから、結果見せにね」 根岸宅に回覧板を持ってきた幼なじみから、平内誠太と根岸透夜はそっと視線を外した。 「堂々と見せられる結果だからいいよな、那未は・・・」 「おれ、アヤにだけは絶対見せたくないなあ。見られちゃうけど」 「なによ、誠太まだ彩太にびびってんの?」 「だってさあ・・・・・・。それより、那未ちゃん高校どこ受けるの?」 「環海。あんたたちはそのまま水景でしょ?」 長谷川那未。行方不明中の長谷川海の妹である。誠太たちと同年だが、現在は家を出て知り合いと同居している。 「そういえば、潤が帰ってきて水景受けるんだって? もう一人のあの子は――」 言いかけて、那未は眉を寄せた。「・・・・・・・・・・あの子って確か、“けいと”って名前だったっけ?」 「あ、そうそう、圭斗も水景受けることにしたんだって。あいつ公立受けるとか言ってたくせにさー。どうしたんだろ」 「案外、おれたちと一緒のとこがいいとか思っちゃってたりしてな」 「あっはっは。そんなタマじゃないって。――どうしたの、那未ちゃん?」 「・・・・・・なんでもないわ。そう、圭斗・・・・・・。ふふっ、ふふふふふ」 「え、なに? 何で笑うの!?」 「おい、那未・・・・・・?」 透夜がその顔を覗き込もうとすると、那未はキッと顔を上げた。 「圭斗の住所教えなさい、今すぐ!」 「うぅん、足りないかも・・・・・・」 マンションのドアを開けながら、山波圭斗は呟いた。 返ってきたテストは、決して悪い点数ではない。どの教科でも、平均点は軽く上回っている。 しかし―― (出席日数って、内申点に関係あるのか?) 関係があるのだとしたら、できるだけテストでそれをカバーしなければならない。彼は明らかに、普通の生徒より多く欠席している。もうこれ以上、一日だって休めない。少なくとも、願書を高校に提出するまでは。 「みぁー」 「ただいま、灰v」 玄関で出迎えた愛猫を抱き上げる。 「へー、猫なんか飼ってるんだ」 「うぉあ!?」 突然の背後からの声に、文字通り飛び上がる。 「そんなに驚くこと?」 立っていたのは、五つ年上の姉・嶺。 「なん・・・・・・っだよ、いきなり!」 「ずっと後ろにいたじゃない。気付いてなかったの? それより、さっさとお茶ぐらい出しなさいよ。いつまでもそんなとこ突っ立ってないで」 そんなにボーっとしてたのかとショックを受ける圭斗を尻目に、嶺はさっさと上がりこむ。 「ほら何してんの、早くしなさい」 「え・・・・・・って、なにしにきたんだよ!?」 「あんたの住んでるとこ見に来てやったんじゃない。なんかあったとき困るでしょ」 「なんかって・・・・・・そうかもしれないけど・・・」 圭斗は少し顔を赤くして、「晩飯食ったら帰れよ」 催促されてもいない夕食のことを口にするのだった。 結局泊まっていくことにした嶺が風呂から出ると、圭斗は既に寝入っていた。だが、寝るつもりはなかったようで、ただ床に転がっている。かけっぱなしのメガネを外してやると、面白いほどに父親似の顔が現れる。父のほうが、もっと男らしい顔をしてはいるが。 ――圭斗は、何も知らない。知らされていない。だからきっと、誤解している。 本当はちゃんと、両親に愛されているのに―― カチャリと、玄関の鍵が開いた。 「え? ちょっと、圭斗!」 嶺がぎくりとして弟をひっぱたくが、圭斗は起きる様子を見せない。 そのうちに部屋へ上がってきたのは、 「――叔父さん!?」 何のことはない、父・利雪の実の弟で、普段は母方の姓を名乗っている山波市咲だった。 「ああ、嶺か。久しぶりだな。・・・・・・なんでここにいるんだ?」 「なんでって――叔父さんこそ、どうしてここに?」 「今は俺が圭斗の面倒を見てるんだ。――透くんか、おまえを圭斗に会わせたのは」 「そう、だけど・・・・・・?」 そうか、と、叔父は小さく笑った。 そのとき、チャイムが鳴った。玄関へ出て行った叔父は客と二言三言話すと、嶺に「ちょっと出てくる」と告げて出て行った。 「どういうことなんですか、阿倍さん」 近くのファミリーレストランに入るなり、那未は阿倍を睨みつけた。 「なにがだ? 圭斗のことなら、椎名さんから聞いているんだろう?」 「・・・・・・聞いてないわ! わたしたちは何も聞かされてない。あのとき何があったのか、どうして圭斗は、」 「冷静じゃないな、珍しく」 「・・・・・・っ、それがなに、」 「圭斗が、葵くんを襲った犯人じゃないかと考えてるのか、きみたちは」 「そ、ういう、わけじゃ・・・・・・」 俯く那未に、阿倍は苦笑する。 「もしそうだとして、きみたちは圭斗をどうこうする気はあるか?」 「・・・・・・ないです」 「じゃあ、ただの誤解だったら? 圭斗は何もしていないとしたら」 「だったら、」 「連れ戻そうとするんだろうな、きみはともかく、秋人くんや稜也くんは」 「・・・・・・どういう、意味ですか」 「圭斗にはもう、ハリィハックに関わって欲しくないんだ」 「!」 「だから、きみたちから圭斗の存在を隠していたんだがな」 「わたしは、・・・・・・お願いします、阿倍さん。あの二人には何も言わないから、あのとき何があったのか、教えてください」 じっと見つめられて、阿倍はゆっくりとため息をついた。 「ま、いいだろ。そうだな――現場を調べた警察の見解では、まず<犯人>はベッドに切りつけた。刃の大きなナイフだ。二撃目で、圭斗が胸を刺された」 「えっ――?」 那未が口を挟む前に、続ける。 「傷口に、ベッドの繊維がついてたんだ。そして葵くんの喉からは、圭斗の血液が検出された。<犯人>は、圭斗を刺したナイフで葵くんを、」 「じゃああのとき、圭斗も一緒に襲われてたんですか!? だったらどうして、わたしたちから姿を隠す必要があったんですか?」 「あのとき圭斗は、襲われたことがショックで、"力"を使えなかった。もともと自分の意思で"力"を使えるやつじゃなかったからな」 「・・・・・・圭斗が"力"を使っていればあんなことにはならなかったって、わたしたちがあの子を責めると思ってるんですかっ? でもそれは、葵だって同じ――」 「そうじゃない。俺は、圭斗が力を使わなくてよかったと思ってる。使っていたらあいつは、<犯人>を殺していただろうからな」 ハリィハックにいれば。阿倍がいう。 「グレイデビルとして、いつかあいつは人を殺していただろう。だからきみたちには悪いが、あの事件は、いい機会だった。圭斗をハリィハックから引き離すのに、都合が良かった」 「・・・・・・」 「もちろん、圭斗がハリィハックに戻りたいと望めば俺は、止めない。だから転校先も、隣の中学校だ。会おうと思えばいつでも会える。だが、」 「圭斗は、望んでないんですね。私たちの元に、帰りたいとは・・・」 「圭斗な、何も訊いてこないんだ。葵くんがどうなったのか。どうも、葵くんが喉を裂かれる瞬間まで、意識があったみたいだ」 「・・・・・・?」 「あいつは、葵くんが死んだと思い込んでる。だからハリィハックには、決して帰らない。――帰れはしない」 ハリィハック―― 十二歳の誕生日、家を飛び出した圭斗が行き着いた場所。 圭斗にとって一番、居心地の良かった場所。 坂河葵のいた、あの場所―― 05.2.28 |