たとえ・・・1

帰る道を、忘れてしまったんだ――





  たとえ・・・









「・・・・・・それから、最近このあたりで連続通り魔事件が発生しています。皆さんくれぐれも気をつけて、二学期に元気な顔で会いましょう」
長い長い校長の話が終わり、瞭歩中学校の生徒たちはようやく解放された。
なるべく複数人で下校するように、という教師の言葉が無くとも、不安から生徒たちは数人ずつ固まって校門を出て行く。明日から待ちに待った夏休みだというのに、彼らの浮かない表情を浮かべていた。
七月の始め頃から起こっている通り魔事件は三件に上っており、三人が死傷している。
(透さん、今頃大変なんだろうな・・・・・・)
山波圭斗は、刑事である将来の義兄(気が早い)を思った。今回の事件のせいで、圭斗はH署に差し入れを持って行くことを控えている。仕事の邪魔になるだろうと考えたからではない。いつもなら、忙しいときほど圭斗手作りの、それこそそこらの店で買うよりおいしい差し入れは喜ばれるのだが、今回に限ってはそうも行かないのだ。刑事課に顔を出して、「こんな時期に一人で出歩くな」と、透を含めた刑事三人がかりで説教されたのは、つい一昨日のことである。
心配してくれているのはわかるのだが、少し寂しい。それに、圭斗は小学生でも女の子でもない。そこまで心配されるのは、はっきりいってかなり面白くない。
だからと言うわけでもないが、成績表を入れたリュックを引っかけた圭斗は、一人で学校を出た。
バス通りというのが信じられないような狭い道は上下にくねくねしている。このあたりの道は大体が坂道で、瞭歩中学校も坂の途中に建っているのだ。コンビニで菓子パンをいくつか買ってマンションへ向かっていくと、やがて人通りの少ない道に入る。圭斗は前後を見て誰もいないことを確認すると、クリームデニッシュの袋を開けた。空腹だ、とても。
一口頬張って、カスタードクリームが少し甘すぎる、などと思う。
――ふと、立ち止まる。
(今、何か――)
唇の端に付いたクリームを拭いながら、気のせいかもしれない何者かの気配を探る。
刹那、背中を氷が滑り落ちるような寒気を覚えた。


――ドッ・・・


殺気だ、と思ったときには既に遅く、後ろから肩に、強く押されたような衝撃を受けてアスファルトの上に転がった。
「く・・・ぅ・・・・・・」
激しい痛みに肩へ手をやると、生温かくべっとり濡れている。見て確認する気も起きないが、自らの血であることは疑いようもない。
突然のことに起き上がれないでいると、襲撃者は彼の目の前に身を屈めた。チラリと見えた右手は真っ赤に染まり、しかし何も握っていない。素手で肩を裂かれたのだ。
(ヤバイ・・・・・・ヤバイヤバイヤバイ、これは、マズイ・・・)
間違いなく、襲撃者は“力”を持っている。そうでなければ、こんなことをできようはずがない。
――これが噂の通り魔か。このままどっか行ってくれないかな・・・。
そんなことを思っていると、仰向けにされた。ぼやけ始めた圭斗の視界に、襲撃者の顔が映る。
その顔に見覚えがあるような、気がする。
(だれ・・・・・・・・・だっけ・・・)
胸の上に、襲撃者の手が置かれる。ちょうど、心臓の辺りに。
「――っア」
ズッ、と何かが抜けていくような感じがした。知らず、喉から悲鳴が上がる。
薄れていく意識の中で、圭斗は襲撃者の叫び声を聞いた。哀しそうな苦しそうなそれはまるで、
(悲鳴・・・・・・? ・・・・・・――)






「透兄から聞いたんだけど、ここんとこの通り魔のこと」
根岸透夜が言いかけると、隣を歩く平内誠太は首を傾げた。
「そういうことって言っちゃいけないんじゃなかったっけ、刑事って?」
「おれもそう思ったんだけど、なんか「特別なんだ」とか言ってたな。なんでもさ、今まで襲われた三人、みんな“力”を持ってたんだと」
「え・・・・・・それって」
「“力”を持ってるやつが狙われてるみたいだから気をつけろって」
「げ・・・・・・」
誠太が顔を引きつらせた。
“力”というのは、通常あるはずのない能力であり、通常は目に見えることのないエネルギーである。それを持つ人間は少数であるが、ごく稀というほどでもない。
誠太と透夜は、ともに“力”を持っている。彼らだけではなく、彼らの身近にはそれを持つものはほかに二人いる。同年の山波圭斗と、八歳年上の長谷川海。
海は透夜の従兄である根岸透の親友だが、現在は行方不明となっている。
「こっわいなー、それ〜。あ、じゃあ圭斗にも気をつけろとか言っておいたほうが良くない?」
「そうだな。たしかあいつも今日で学校終わりだから――」
誠太と教室を出、昇降口へ向かいながら透夜が携帯電話を取り出す。ちょうどそのとき、誠太の携帯電話が鳴った。それが圭斗からではないことを確認して、メモリを呼び出した。
「――ん〜わかった。じゃまたねぇ」
誠太が電話を切ると、透夜はまだ携帯電話を耳に押し当てて黙っていた。
「圭斗出ないの?」
「ああ――あ、もしもし圭斗?」
ようやく繋がったことに安堵して、透夜は空いている片手で下駄箱を開けた。



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05.3.2
来ました。シリーズの第一ポイント。
タイトルは「50音で71のお題」から。16/71