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はあ、はあ、はあ・・・・・・。 彼は、走っていた。何かから逃げるように。 どうして―― 彼は心の中で叫んだ。 どうして、こんなところにいるんだ? どうして走っているんだ? どうして、息をしている? 空が見える。アスファルトの道路が見える。 匂いがする。魚を焼いている匂いだ。 遠くで人の笑い声がしている。 どうして。どうして―― そこが、見覚えのある場所だと気付いて、彼は足を止めた。 見下ろすと、手がべっとりと濡れていた。 自分はまた、誰かを傷つけたのだろうか・・・・・・―― たとえ・・・ もっと早く注意しておけばよかった。そうしたら、こんなことにはならなかったかもしれない。 圭斗が、四人目の被害者になるなんて―― 「透くん――」 呼ばれて振り返ると、圭斗の保護者、阿倍が立っていた。いつも余裕を表情に浮かべている男だが、さすがに今日は少し顔色が悪い。手に持っているのは圭斗のものだろう、血で染まったリュックサックだ。 「まったく、困ったもんだ」 阿倍はため息をついた。「ギリギリで夏休みに入っていたから良かったものの、そうでなかったら内申点が足りなくなってるところだ」 「・・・・・・内申?」 「ああ。二年の三学期はほとんど欠席したからな」 「な――内申なんかより心配することがあるでしょう!?」 思わず激昂した透を、阿倍は笑って受け流した。 「聞いてないのか。圭斗な、水景を受けるつもりなんだ」 「・・・・・・?」 「あの子たちと同じ高校に行きたいみたいだな。そうだ透くん、ちょっとこれ持っててくれ」 透にリュックを押し付ける。 「え、ちょっ・・・どこ行くんですかっ?」 「電話してくる。圭斗の親にな、一応」 「あ――じゃあおれも行きます。嶺ちゃんにも連絡しないと・・・」 「それも俺がしておく。圭斗の傍についててやってくれ」 「え・・・・・・嶺ちゃんとも連絡取れるんですか」 拗ねた口調で呟いた透に、阿倍が吹き出す。 「そう妬くな、親戚相手に」 「・・・・・・。親戚!?」 「俺は圭斗と嶺の叔父だ。圭斗にはナイショだぞ」 阿倍はにやりと笑って、口の前で人差し指を立てた。 阿倍が公衆電話を探して行ってしまうと、圭斗のリュックがかすかに震えていることに気付いた。 中を探ると、震えの正体は携帯電話で。透夜からの電話だった。 誠太と透夜が病院に駆けつけたとき、圭斗の手術は終わっていた。 「命に別状はないから、あとは意識が戻るのを待つだけだ」 病室で、手術衣からいつも通りの白衣姿に戻った父親に言われ、誠太はホッと肩の力を抜いた。平内宵吾は「通常なら一時間もすれば目を醒ますだろう」と言った。 「通常なら、って?」 「ちょっとな――おまえならわかるだろう?」 言われて気付いた。 「圭斗の“力”が無くなってる・・・・・・!?」 圭斗の“力”は他の人間のものよりも強く、大きい。それ故に、“力”の有無を視ることができる誠太の目には、圭斗が押さえきれない“力”が体からはみ出し、まるでフェロモンでも纏っているように映るのだ。――いつもならば。 今日はそれが、全くない。 「“力”って、無くなるとどうなるんだ?」 透夜が訊くが、誠太にもさっぱりわからない。ただ、“力”は使った分だけ疲れる。考えられるのは、二つ。 “力”を持たない、普通の人間になるか “力”尽きて死んでしまうか 「そもそも、なんで圭斗の“力”は無くなったんだ?」 透夜が当然の疑問を口にする。「犯人が、奪って行った、とか?」 “力”は奪えるものなのだろうか。“力”ほど、何かを成したいときに有用なものはない。奪えるものなら、「奪いたい」と思う人間がいてもおかしくはない。 いや、と透が首を振る。 「前に襲われた三人――死亡した被害者はどうかわからないが、あとの二人は“力”を持ったままだ」 「じゃあ、圭斗の“力”が無くなったのはただの偶然で、事件とは関係ないのか?」 「関係は、あると思うんだけどな・・・。“力”を持った人間だけが襲われてるんだし」 「そうだよな・・・・・・」 目的はなんだ? “力”を持つ人間を、襲う理由―― 犯人についての手がかりは、ほとんどない。 ただひどく、すばしっこいやつであるようだ。生き残った二人の被害者は、口をそろえて「何も見ていない」という。気がついたら病院のベッドの上だったというのだ。襲われたことにも気付いていなかった。 目撃者もいない。傷は、強い力で引き裂かれたようなもので、凶器がなんなのか、見当もつかない。 「簡単な話だろ」 突然、小馬鹿にするような口調が言った。「犯人は、“力”を奪うためにやってんだよ」 「誠太・・・・・・?」 透が見ると、誠太は意地が悪そうな表情でニヤニヤ笑っていた。その隣で透夜が目を瞠り、なぜか青い顔をして黙っている。 「意識のない相手からは“力”を奪えない。圭斗だけが、襲われてもまだ意識があったんだろうな」 なぜ、そんなことを知っている? ついさっきまで、何もわからないと言っていたのに。それに―― 「圭斗は死ぬぜ。“力”を持った人間は、それを失くせば死ぬ。そんなことも、おまえらは知らないんだよなあ、透夜?」 まるで、別人だ。誠太が、嬉しそうに「圭斗は死ぬ」だなんて、云うはずがない。 なにが起こっているのか、透には少しもわからなかった。 05.3.25 病院の外では、灰が暴れてとんでもないことになってたりして・・・。 |