たとえ・・・2





はあ、はあ、はあ・・・・・・。
彼は、走っていた。何かから逃げるように。
どうして――
彼は心の中で叫んだ。
どうして、こんなところにいるんだ?
どうして走っているんだ?
どうして、息をしている?
空が見える。アスファルトの道路が見える。
匂いがする。魚を焼いている匂いだ。
遠くで人の笑い声がしている。
どうして。どうして――


そこが、見覚えのある場所だと気付いて、彼は足を止めた。
見下ろすと、手がべっとりと濡れていた。
自分はまた、誰かを傷つけたのだろうか・・・・・・――






  





   たとえ・・・











もっと早く注意しておけばよかった。そうしたら、こんなことにはならなかったかもしれない。
圭斗が、四人目の被害者になるなんて――
「透くん――」
呼ばれて振り返ると、圭斗の保護者、阿倍が立っていた。いつも余裕を表情に浮かべている男だが、さすがに今日は少し顔色が悪い。手に持っているのは圭斗のものだろう、血で染まったリュックサックだ。
「まったく、困ったもんだ」
阿倍はため息をついた。「ギリギリで夏休みに入っていたから良かったものの、そうでなかったら内申点が足りなくなってるところだ」
「・・・・・・内申?」
「ああ。二年の三学期はほとんど欠席したからな」
「な――内申なんかより心配することがあるでしょう!?」
思わず激昂した透を、阿倍は笑って受け流した。
「聞いてないのか。圭斗な、水景を受けるつもりなんだ」
「・・・・・・?」
「あの子たちと同じ高校に行きたいみたいだな。そうだ透くん、ちょっとこれ持っててくれ」
透にリュックを押し付ける。
「え、ちょっ・・・どこ行くんですかっ?」
「電話してくる。圭斗の親にな、一応」
「あ――じゃあおれも行きます。嶺ちゃんにも連絡しないと・・・」
「それも俺がしておく。圭斗の傍についててやってくれ」
「え・・・・・・嶺ちゃんとも連絡取れるんですか」
拗ねた口調で呟いた透に、阿倍が吹き出す。
「そう妬くな、親戚相手に」
「・・・・・・。親戚!?」
「俺は圭斗と嶺の叔父だ。圭斗にはナイショだぞ」
阿倍はにやりと笑って、口の前で人差し指を立てた。


阿倍が公衆電話を探して行ってしまうと、圭斗のリュックがかすかに震えていることに気付いた。
中を探ると、震えの正体は携帯電話で。透夜からの電話だった。






誠太と透夜が病院に駆けつけたとき、圭斗の手術は終わっていた。
「命に別状はないから、あとは意識が戻るのを待つだけだ」
病室で、手術衣からいつも通りの白衣姿に戻った父親に言われ、誠太はホッと肩の力を抜いた。平内宵吾は「通常なら一時間もすれば目を醒ますだろう」と言った。
「通常なら、って?」
「ちょっとな――おまえならわかるだろう?」
言われて気付いた。
「圭斗の“力”が無くなってる・・・・・・!?」


圭斗の“力”は他の人間のものよりも強く、大きい。それ故に、“力”の有無を視ることができる誠太の目には、圭斗が押さえきれない“力”が体からはみ出し、まるでフェロモンでも纏っているように映るのだ。――いつもならば。
今日はそれが、全くない。
「“力”って、無くなるとどうなるんだ?」
透夜が訊くが、誠太にもさっぱりわからない。ただ、“力”は使った分だけ疲れる。考えられるのは、二つ。


“力”を持たない、普通の人間になるか
“力”尽きて死んでしまうか


「そもそも、なんで圭斗の“力”は無くなったんだ?」
透夜が当然の疑問を口にする。「犯人が、奪って行った、とか?」
“力”は奪えるものなのだろうか。“力”ほど、何かを成したいときに有用なものはない。奪えるものなら、「奪いたい」と思う人間がいてもおかしくはない。
いや、と透が首を振る。
「前に襲われた三人――死亡した被害者はどうかわからないが、あとの二人は“力”を持ったままだ」
「じゃあ、圭斗の“力”が無くなったのはただの偶然で、事件とは関係ないのか?」
「関係は、あると思うんだけどな・・・。“力”を持った人間だけが襲われてるんだし」
「そうだよな・・・・・・」
目的はなんだ?
“力”を持つ人間を、襲う理由――


犯人についての手がかりは、ほとんどない。
ただひどく、すばしっこいやつであるようだ。生き残った二人の被害者は、口をそろえて「何も見ていない」という。気がついたら病院のベッドの上だったというのだ。襲われたことにも気付いていなかった。
目撃者もいない。傷は、強い力で引き裂かれたようなもので、凶器がなんなのか、見当もつかない。
「簡単な話だろ」
突然、小馬鹿にするような口調が言った。「犯人は、“力”を奪うためにやってんだよ」
「誠太・・・・・・?」
透が見ると、誠太は意地が悪そうな表情でニヤニヤ笑っていた。その隣で透夜が目を瞠り、なぜか青い顔をして黙っている。
「意識のない相手からは“力”を奪えない。圭斗だけが、襲われてもまだ意識があったんだろうな」
なぜ、そんなことを知っている? ついさっきまで、何もわからないと言っていたのに。それに――
「圭斗は死ぬぜ。“力”を持った人間は、それを失くせば死ぬ。そんなことも、おまえらは知らないんだよなあ、透夜?」
まるで、別人だ。誠太が、嬉しそうに「圭斗は死ぬ」だなんて、云うはずがない。
なにが起こっているのか、透には少しもわからなかった。




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05.3.25
病院の外では、灰が暴れてとんでもないことになってたりして・・・。