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あれ? いつの間にこうなったんだ?
圭斗は不意に現状に気づいて驚愕した。といっても、表面上は何の変化も見られなかったが。
誠太と透夜、それに彩太は既に夢の中にいるようだった。





  おじさまたちの素敵な宴
       〜愉快に飲もうよ☆〜







夏休みも七月が終わり、残り一月。気の早いものは宿題などとっくに終わらせ、八月を気兼ねなく遊ぶべく備えているその日、圭斗は朝早くやってきた友人二人に、半分寝たまま連れ去られた。目が覚めてみれば、そこは平内さん家の誠太くんの部屋。誠太と透夜はニコニコしながら、「三人で力を合わせて宿題を片付けよう!」と圭斗の手を握った。
「・・・・・・はぁ」
別にいいんだけどさ、とかなんとか呟きながら、圭斗はため息をつく。大体、圭斗にはまったくメリットがないのだ。この二人の力を借りるほど、学力に困っているわけではない。それに通っている学校も違うから、宿題の内容も違う。そもそも、圭斗の宿題が手元にない。「はいコレ」と鉛筆を渡され、英語と数学、理科の問題集が押し付けられた。
「えーと、・・・・・・she is a man.
「いいくに作ろう・・・・・・奈良幕府」
「源氏物語の作者は・・・・・・清少・・・あごん」
「・・・・・・。1x+3y=xyz
「世界で一番面積の大きい国は、アメリカ! へっへ」
「終止、連体・・・・・・れ、んよう? れ、め、め・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・。ミジンコは脊椎動物である
「元は今のどの国か・・・・・・中国、と」
「江戸時代に井原西鶴によって始まったのは・・・・・・黄表紙?」
ねえさっきから全然違うんだけどもさ?
ささやかな抵抗として、わざと間違ったことを言いながら問題を解いていた圭斗だが、さっぱり気づいてもらえないばかりか、誠太も透夜も間違えまくっていたために、ついに真実を口にしてしまった。
真剣に勉強していたところに茶々を入れられた二人に、あわや袋叩きかというその瞬間、ノックもなしにいきなり部屋のドアが開かれた。

「やっほー透夜、パっパでっちゅよー☆」

ババーン! という効果音を背負って現れたのは、なぜかお隣のご主人で。
あまりの登場の仕方に無視を決め込んだ息子に、いい歳をした根岸渉は拳にした両手を口元に当てていやいやと首を振って見せた。
「いやん透夜冷たい! 無視しちゃイヤ!」
「・・・・・・今ならまだ見なかったことにしてやるからさっさと去れ」
「やだなあ本気にしちゃって。それはともかく、圭斗くん!」
「へっ?」
いきなりまともになった根岸にいきなり声を掛けられた圭斗は、間抜けな声で応じた。
「今な、下で宵吾と遊んでるんだけど、寂しいから圭斗くんもおいで」
「はあ・・・・・・」
根岸に肩を抱かれてつい頷いていたが、圭斗にはどっちがいいとは思えなかった。どっちもどっちである。
「えー、圭斗いなくなったら困るー!」
誠太が正直に文句を言ったのを聞いて、圭斗の心は決まったのだった。





「圭斗くん、八八(花札)は知ってるかい」
「はあ」
「ようし決定! じゃあそれ以外のルールを説明しよう」
根岸と同じく、誠太の父・平内宵吾もまた、異様なテンションで圭斗を迎えた。
「ゲームの敗者はコレを一杯飲む。で、最初に潰れた奴の負けだ」
「昼間から酒ですか」
「ははは。だって渉と休日が重なるなんてこと、まあそうそうあることけど、たまにはいいじゃないか〜。せっかくかわいい圭斗くんもいることだし、奥さんたちは旅行でいないし〜〜〜ぃ」
「ところで俺未成年なんですけど」
まさか知らないということはあるまい。何せ圭斗は彼らの息子たちと同じ歳である。
「さ、渉、心置きなく札を配れ」
「ガッテン承知☆」
「あの俺未成年なんですけど」
ピタリ、二人の大人は動きを止めた。
「どうして二回言ったんだい?」
「聞こえてるのに」
「え・・・・・・いや別に・・・・・・」
圭斗はルールを受け入れることにした。そうして、当たり前のことを改めて確信する。この二人はあの友人たちの、間違いなく親なのだ――と。



五時間後。
「・・・・・・強いな、圭斗くん」
「そうですかね」
トランプやらオセロやら、計四十戦してまだ三敗の圭斗。いつの間にか誠太と透夜も交代で参加していたのだが、圭斗一人が平然としていた。
ふと背中に視線を感じて振り返ってみると、ふすまから半身覗かせた誠太の弟が恨めしそうな目でこちらを凝視していた。
「あ、彩太・・・・・・?」
「圭斗さんまで一緒になって・・・・・・こんなこと、こんな・・・・・・っ!」
「げっ」
説教魔の怒りが爆発するかと思われたその刹那、般若と化しかけた息子の背を、平内がポンと叩いた。
「まあそう固いことを言うな。ほら、彩太も一緒に遊ぼう?」
「父さん!」
「彩太がなかなか来てくれないから、父さん寂しかったんだぞう」
「そ、そんな・・・・・・」
「わかってるんだ。いつも忙しくてろくに構ってやれないから、父さん彩太に嫌われてるって・・・・・・」
「・・・・・・っ! そんなことない!」
「じゃあ、父さんと遊んでくれるか?」
「わ、わかった・・・・・・」
頬を赤くした彩太が、仕方なく、という呈を装って輪に加わる。
(なんだ、今の小劇場は・・・・・・)
素面のはずの彩太までなぜだか酔っ払いたちに巻き込まれ、圭斗は呆れながらおやつの鯛焼きを食べていた。そして思う。彩太もやっぱりこの家(平内)の人間なんだなあ――と。



さらに五時間後。
酔いが進むにつれて強くなる大人二人に、圭斗もかなりの量の酒を飲まされていた。
あれ? いつの間にこうなったんだ?
圭斗は不意に現状に気づいて驚愕した。といっても、表面上は何の変化も見られなかったが。
誠太と透夜、それに彩太は既に夢の中にいるようだった。
「そろそろ夕飯でも作るかあ。圭斗くんも今日は泊まっていってくれることだし〜」
「え、そうなんですか」
「うんそうそう、今俺が決めた」
当たり前のように答える平内の笑顔に、圭斗はアニメで見かける某ガキ大将を思い出していた。
冷凍ピザを温めただけの簡単な夕食を起きている人間だけで食べながら、大人二人は思い出話に花を咲かせようとしていた。
「そういえば昔圭斗くんを預かったときは大変だったなあ」
根岸がしみじみという。
「透夜が産まれたばかりの頃だったから、圭斗くんは九ヶ月ぐらいかなあ。覚えてるかい?」
「イエまさか」
乳児の頃のことを覚えているわけがない。適当に相槌を打っておこうと決めて、圭斗は溶けたチーズを落とさないことに集中した。
「嶺ちゃんと違って、すぐ起きてたからなあ」
平内がクックッと笑う。
「奥さんたちも透くんたちもいなくて、俺たち二人できみと誠太と透夜の面倒を看てたんだ」
「はあ」
「誠太か透夜が泣くと、きみまでつられて泣き出してなあ。こいつらはそれぞれでしか泣かなかったんだが」
「まあ正直、舐めてたよ俺たち、お留守番をさ。なあ宵吾」
「ああ・・・・・・。てっきり赤ん坊なんてものは、お腹一杯にさせておけば十五時間ぐらいは寝続けてるもんだと思ってたからな」
「そんなことないって俺でもわかりますけど」
いくらなんでも能天気すぎる。
しかし、平内と根岸は「でもな」といって首を振った。
「嶺ちゃんがそうだったんだ。もう本当に、手がかからなくて」
「ぐずりもしなかったもんな、あの子・・・・・・」
「・・・・・・そうなんですか」
「きみのお母さんが朝、赤ん坊の嶺ちゃんにミルクを哺乳瓶二杯飲ませて出かけるだろ。で、夜迎えに来るまで、一度も起きなかったんだ」
「そうですか・・・・・・」
それでは、嶺のときはさぞ楽な子育てだったのだろう。それにしても――と圭斗は思う。なんと無意味なのだろう、大人の思い出話は。せめてもっと、心ときめくものはないのか。
大人二人の止め処ないおしゃべりは、少なくとも付き合いきれなくなった圭斗が眠りに落ちるまで続いていた。そのあとのことは、圭斗は知らない。





「んー・・・・・・」
「お、起きたか誠太」
体を起こした誠太に、平内が声を掛ける。
「腹減ったろー。ピザあるぞ、冷めてるけど」
「温めてきてやるよ」
根岸が笑ってキッチンへ立っていく。
「父さん・・・・・・そうだ、あのさぁ」
まだ半分夢の中にいるのか、誠太はぼんやりした口調で言う。
「おれね・・・・・・お医者さんにはならないよ」
「・・・・・・」
「お医者になりたいのは、おれじゃなくて、彩太なんだ。だから、父さんは彩太に、色々教えてあげて・・・・・・」
「知ってるよ」
平内が柔らかく笑う。
「病院の次の院長はきっと彩太だ。あいつはいい医者になる。おまえは心配しなくて大丈夫だよ」
「うん・・・・・・」
ふにゃりと笑って、誠太は再び眠りについた。入れ替わるように、彩太がゆっくりと起き上がった。
「・・・・・・ばかだ」
「そうか?」
「だって、間違ってる」
「誠太は彩太に嫌われたくないだけだと思うけどな」
「だって俺は、誠太が嫌いなわけじゃないのに・・・・・・っ」
「そうだったのか?」
「だって・・・・・・」
「あれ? 起きたの誠太じゃなかったっけ?」
根岸が戻ってきて、彩太はピザと一緒に言葉を飲み込んだ。





翌朝。
「アウッ、ごめ、ごめんなさ・・・・・・!」
圭斗が目を覚ますと、根岸が帰ってきた妻に、つま先で小突かれていた。その横で、平内夫妻が談笑している。
「なんで、なんで俺だけ怒られるんだ・・・・・・!!」
根岸の上げる泣き声をBGMにしながら、圭斗は考えていた。何か忘れている気がするのだ。

キィィィイ・・・・・・。

ガラスを引っ掻くような嫌な音に、圭斗は窓を見た。
「あぅっ・・・・・」
『ニー・・・・・・』
窓の外で、灰色の仔猫が怨めしそうに鳴いた。
「あの・・・・・・俺、そろそろ帰ります」
灰の視線を避けるようにそっと立ち上がった圭斗に、
「あら、じゃあちょっと待ってね」
と言って、誠太の母・美幸がキッチンに消える。程なく戻ってきた彼女の手には、パンパンに膨らんだ大きな紙袋。それを圭斗に渡す。
中身は大量のお菓子や野菜、肉などの食料だった。
礼を言って平内邸を出た圭斗は、待ち構えていた愛猫を抱き上げる。
「ごめんねー。すっかり忘れてたよ。ご飯――は食べたみたいだね」
ポンポンに膨れた灰の腹を触って、安堵の息をつく。
「ニャッ」
歩き出しながら、猫パンチを繰り出す灰の機嫌を取ろうと試みる。
「ほら灰、マグロも貰ったから、帰ったら一緒に食べようか。あああ爪はヤメテ爪は痛いって。わかった、ササミも出すから。ね?」
「ニャー!」
結局、マンションに着くまで猫パンチが止むことはなかった。


06.2.18
2900&2929hit 積雪 黒兎さま 『克服された痛み』&『愉快に飲もうよ☆』
ようやくこっちも書き上げました。大変お待たせいたしました・・・・・・! 長くなったことと季節外れも甚だしいことも合わせてお詫びいたします。

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