再会といわれた出会い

世の小中高生が二日後から春休みだというその日、根岸透は急に、旅行に行くことが決定した。それもこれも、すべて高校時代の友人のせいだ。偶然見つけた格安のペンションを衝動買いならぬ衝動予約した後で、奴はその日に行けないことが発覚した。キャンセルすることを嫌った彼は、そのころちょうど夢を叶えた透に、お祝いと称してそれを押し付けた。透が思っていたよりあっさりと急な休みを取れたのはほとんど奇跡だった。
透が出発したのは、友人と会ってからわずか三日後のことだった。

 

(3月27日。夕方)
オーナーの緑山から鍵を受け取って自分の部屋に向かう。ドアを開けて、目を疑う前にちょっと感動してしまった。
自分が四肢を広げて寝てもはみ出さない巨大なダブルベッド!
透はしばしベッドのフカフカを堪能した。それから、
(そうだ、温泉!)
そう、ここには温泉がある。実は結構楽しみにしていたのだ。フンフンと鼻歌を歌いながら部屋を出ると、廊下の向こうから男が一人歩いてくる。見たところ三十代半ば、無精ひげと紙一重の短く刈り込んだひげ、手には缶ジュース。
彼は透に気づくと口元に笑いの形を浮かべた。むっとした透が口を開きかけたが、彼は手前の部屋のドアを開くとさっさと中に入っていってしまった。 
この不愉快な出来事のせいで、この日透は温泉を心から楽しむことができなかった。

 

夕食のために食堂へ降りると、透を含めて客は八人、男六人(内子供一人)女二人でテーブルは二つだった。透と同じテーブルにはビールを飲んでいるさっきの男と、その連れらしい少年が着いていた。彼らの前にある料理は料金が違 うのか、透のものより明らかに豪華だ。食欲が失せちゃうじゃないか。チクショウ。 
「さっきはドーモ」
一応挨拶(のようなもの)をしておく。阿倍というその男は、今度はにっこりと笑い、「やあ」と言った。が、少年のほうは顔を上げもしない。ぼんやりといすに腰掛けたまま、透がそこにいることにも気づいていないように見える。
「ほら圭斗、ハンバーグ好きだろ。俺の分も食べていいからな」
食べ始めて少しして、阿倍がそんなことを言った。見ると少年の皿にはまったく手をつけられていない。と、圭斗と呼ばれた少年が、ごちそうさま、とつぶやいて立ち上がる。そのまま、食堂を出て行ってしまった。愛想の無いやつだ。 
「まったく――」
阿倍がため息をついた。「せっかく旅行に来たんだから、飯くらい食べればいいじゃないか」
「具合でも悪いんですか?」
他人のことに首を突っ込むのもどうかと思ったのだが、なんだか気になって訊いてしまう。
いや、と阿倍は首を振った。手つかずの圭斗の分の料理を譲ってくれる。
「俺たち、どういう関係に見える?」
「親子でしょ。……違うんですか?」
「そうならいいんだが」
阿倍は力無く笑う。
「親子でもないんだが、わけ理由あって三ヶ月ほど前から一緒に暮らしている。ところがあいつ今、あらゆる欲が減退してるんだ」 
「あらゆる欲?」
「そう。飯を食べようとしないし、眠ることも拒否している。困ったもんだろ」
「それは……大変ですね。でもどうしてそんなことになってるんです?」
「知りたいか?」
阿倍が訊き返してきた。
「え、いや、べつに、その……」
しまった、聞きすぎたか。
うろたえる透を横目で見ながら、阿倍はおかしそうに笑った。
「とにかく、気分転換にでもなればいいと思って無理やり連れ出したんだ。しかし、失敗か――」
ビールを飲み干してまた、大きくため息を吐く。
「本来あんな暗い子じゃないんだ。もっと子供っぽくて、体力と関係なくいつも元気で。まあ、あいつにとって俺は他人だから、いつも笑ってるってのはただの外面だったのかもしれないけどな」 
注いださきからビールを飲み干していく。短いひげの下で、整った顔が泣き笑いのように歪む。
「世界が、ひっくり返っちまったんだ。あいつの世界が。畜生あのバカ、全部失くしたような気になりやがって。俺がいるだろうが――……」
テーブルに突っ伏してしまった。
「げ、もうつぶれちゃったんですか?」
揺さぶろうとすると、阿倍は「まさか」とつぶやいて顔を上げる。
「ああ、でもいつもより回りが速いな。もう酔ってる。参っちゃってんのか、俺も?」
阿倍は眉間にしわを寄せて顔を近づけて来る。
「あんまり、変わんないなあ、きみは」
「え?」
聞き返すが、阿倍はもう違うことを言っている。
「あんまり気にするなだって? 気にするに決まってるじゃないか。圭斗はユリさんの子なんだぞ。笙平さんだって――」
今度は透の父親の名前が出てきた。
「あ、ちょっと阿倍さん、こんなところで寝ないでください……だめか」
透にもたれかかった阿倍が起きる気配は無い。しかたない、部屋まで抱えてくか。
しかし――親子じゃない? じゃあなんだ? 一緒に住んでいるわけって? ――世界がひっくり返った?
わけがわからない。いや、わかる必要なんて無いのだろうけれど。
(でも、気になる……)
そんな気がするのは、単なる好奇心ではない。透はなんとなく、自分がさっきの少年――圭斗を知っている気がするのだ。それに少なくとも、阿倍は透を知っている。 
ようやく、目当ての部屋の前までたどり着いた。

花屋のにーさんの孤独な闘い

(3月28日。昼)
「配達戻りました――」
H町『花やフラワー』。アルバイトの男が長身を屈めて店に入ってきた。
「おお、おかえり。悪いけど、もうひとつ行ってくれる?」
店長が彼を振り返ってすまなそうに言った。彼はちょっと眉をしかめただけで、
「わかりました。これですか」
と、ボードに貼り付けてあったメモを手にした。断ってもどうせ押し付けられるのだ。誰かがやらなければならないのだから。
「そうそれ。悪いね。今作るから、ちょっと待って」
ほどなく出来上がった花束を、彼はバイクに積んだ。エンジンをふかしながらメモを見る。K市A山5−8−6濱野タカ子。
「遠いな……」
舌打ちするが、したってどうしようもない。彼はうんざりした顔でバイクを発進させ、大きくため息をついた。
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