いつかの夢2

ずっと見てたよ、朝依。
おれはあの日も、ちゃんと見てた。きみがあの天使から開放された日。
良かった。
これできみは自由だ。これでおれの元に来れるね。
待っていたよ、この日を。
今おれときみは、同じ屋根の下にいるんだ。
あの男はおれが殺したんだよ。朝依、きみのために。あの男はきみの一番嫌がることをしようとした。絶対に赦せない。だから、殺したんだ、おれが。
朝依、おれはね、きみに気づいてもらおうなんて思っていなかった。だけど、だけどなんだい、その男は。
どうしておれじゃなく、そんな男のところへ行くんだ?
そんな男。
赦さない。
赦さない赦さない赦さない。
絶対に。
誰も、おれの朝依に近づくな。




「は」
すっかり寝こけてしまっていた。ベッドに寄りかかった透の後ろ頭が見える。
『だーっ、暑い!』
本編は終わっていたが、まだDVDがついていた。画面の中の、あの人。
圭斗は首を伸ばして透の顔を覗き込んだ。――なんだ、寝てる。
プレーヤーを止めようと伸ばした圭斗の手が、ふと止まった。
『ったくぅ、何だよこのコスは』
粋役の少年、鎖河冬緒――坂河葵が天使の扮装を解いてぼやいた。
『大体さあ、なんで俺だけヅラ着用なんだよ。これじゃ少女漫画じゃん』
かぶると腰まである蒼髪のかつらを振り回す。
『少女漫画っつったら朝依の方がよっぽどそうじゃん。なあ』
と、風己役の若手俳優、真樹(まさき)が笑う。同意を求められた朝依が、聞いてなかったのか生真面目な表情で頷き、椅子の上で膝を抱えてまたウトウトし始める。
『こら圭斗、先にちゃんと着替えろ。メイク落として』
冬緒が言いながら朝依の服をテキパキと脱がしていく。
『眠いよぉ……。葵、四時半に起こすんだもん……』
『げ、早起きだな』
真樹が顔をしかめる。
『しょうがないだろ、洗濯物たまってたし、こいつは六時半前だと何時に起こしてもしばらく目が醒めないんだよ』
『葵、五時からまた寝てた……』
朝依が口を尖らせる。
『俺はいいの。おまえが昨日、宿題は朝やるからって言ったんだろ』
『む〜〜〜う〜〜ぅ……』
朝依が駄々をこねるようにぐらぐらと頭を揺らした。それを見て、年上の二人は同時に吹き出した。
『……あれ?』
寝ぼけ眼の朝依がカメラに向いた。
『葵ぃ、これ今撮ってるみたいだよ』
『なにっ? だまされ』
冬緒の手が画面に伸びてきて、ブツッと映像が切れた。そして、それっきりだった。
「…………」
圭斗は拳を握り締めた。
「ん?」
透がパカッと目を開けた。
「ああ、終わったのか。――どうした、圭斗?」
彼は圭斗を振り返り、不思議そうに言った。
「なんでも、ないです……」
圭斗は首を横に振った。
涙が止まらない。
この三ヶ月、どうしても思い出せなかったあの人の笑顔に、今日出会った。




どうして圭斗が泣いていたのかは知らない。しかし透が手を伸ばすと、圭斗はその腕にすがりついてきた。そうして泣き続けたのは十分ほどだろうか。
圭斗は真っ赤に泣き腫らした目で透を見上げ、“そう見えた”程度に微笑んだ。
「……帰ったら、透さんに会いに行っても、いいですか?」
突然の申し出に透は面食らったが、断る理由などあろうはずもない。
「当たり前だろ。もともと幼なじみなんだし。そうだ、透夜と誠太憶えてるだろ。さっき電話したら、あいつらもおまえに会いたがってたぞ」
「え……本当に? …………」
彼らが自分のことを憶えているとは思っていなかったようだ。笑顔こそ見せなかったが、圭斗は心底嬉しそうだった。
「じゃ、朝飯食いに行くか」
透が立ち上がって言うと、
「あ、俺、灰探してきます。先に入っててください」
照れ隠しなのか、圭斗は慌てたように言って部屋を出て行った。




「ふ〜ん、ふふん♪」
灰はスキップしながら廊下を進んでいた。自分以外の人のおかげといっても、圭斗が元気になったのはやはり嬉しい。
ふと、窓の外が目に入る。
「…………」
圭斗はもうげんきになったけど、やっぱりぼくからのぷれぜんとがいちばんよろこぶんだよね。そうしたらおれいに××××なんてことに……v くふふっ(ぐふふ)。
いつ猫型に戻るのかはわからない。今のうちだ。灰は窓を開け、ポンと雪の中に飛び込んだ。
圭斗が灰を探しに出る、一時間前のことだった。




「灰ーーっ?」
おかしい。圭斗は首をかしげた。灰が出てこない。いつもなら圭斗が呼べばすぐに飛んでくるはずなのに。灰の耳ならこの建物にいる限り聞こえるはずだ。
「おかしいな……」
心配になってくる。灰は猫型だろうと人型だろうと、とにかく小柄だ。なにせ、まだ三歳にもなっていない。普通の猫ならばとっくに成描なのだろうが、あいにく彼女は普通ではない。もしやどこかで、溝にでもはまってしまっているのではないのだろうか。
「ああ……」
圭斗はしゃがみこんだ。心配のあまり眩暈さえ覚える。溝ならまだいい。もし、もしも灰のあまりのかわいらしさに(親〈兄〉バカ)、ここの泊り客の誰かが彼女をさらったのだとしたら。考えたくもないことだが、もしもそうなら今頃は……
「あああ……っ!?」
圭斗は頭を抱えた。灰の悲鳴が、助けを求める声が聞こえる……(幻聴)。
そのとき、カリ、と微かな音がした。
「?」
窓のところに外側から、白い小さなものがしがみついている。あれは――
「灰!? え、なんでそんなとこに……っ」
圭斗は駆け寄って窓を開けた。それを抱き上げて毛皮についた雪を払う。灰色の毛並みが現れる。
「にぁ……」
――圭斗にゆきだるまあげたかったの。
「灰……」
凍えた仔猫は、圭斗の腕の中で幸せそうにグッタリしていた。




「圭斗ちゃん、おはよ……どうしたの、おっかない顔して」
「……別に」
食堂で顔をあわせたしのぶにそっけない返事をして、圭斗は透の向かいに座った。
「遅かったな――なに怒ってんだ?」
「透さん」
透の言葉を無視して、圭斗は言った。「俺、今日はちょっと用があるんで一人で行動したいんです」
「行動? っておまえ、この建物の中でか?」
「ええ。だからあまりかまわないでくださいね」
「いいけど……無理とか無茶とかすんなよ。おれ阿倍さんにおまえのこと頼まれてんだから」
「…………透さん」
パンを頬張る透に、圭斗は真剣な眼差しを向ける。
「これから、なにが起こっても、俺を嫌わないでくれますか?」
「ん? あああ、ああ」
なにを当たり前のことを、といわんばかりに透は頷き、食事を続ける。圭斗が立ち上がると、「おい、どうした? 朝飯食わないのか」
圭斗は答えず、しのぶのテーブルの前に立った。
「葵の、……言ってたことは、正しいと思いますか?」
しのぶは圭斗を見上げて肩をすくめた。
「さあ、ね。わたしはただの知り合い、仕事仲間でしかなかったから、なんとも言えないけど。でもきみは違うでしょう? 信じていいんじゃない? 圭斗ちゃんと坂河に、なにが原因でなにが起こったのかは知らないけど、信じたいなら信じなさい。ずっと信じてきたんでしょ。大丈夫。坂河葵は、そう簡単に人を裏切るやつじゃないわ」



そうだ。信じる。信じられる。
だいじょうぶ。
俺には葵がついてる。透さんがついてる。
そう思っていいよね?
「ごめん、葵……」
お願い、今だけ、俺を赦して。
後でどんな罰でも受けるから。

花屋のにーさんの孤独な闘い

ブルル……
なんてことだ。
どうしてこんな雪道でも走れるんだ、このバイクは。動けなければ濱野夫妻だって、彼に食料の調達なんか頼まないだろうに。
彼は絶望の淵にいた。もしくは、怒りの頂点に。
なあに、簡単なことさ。――彼は自分を納得させようとした。ちょっとお隣まで行って、食料を分けてもらえばいい。それだけだ。
「――クソッ」
悪態が口をついた。どうしてこの俺がこんな目に。善良にやってるじゃないか。アパートの家賃だって滞納していないし、たまに吸う煙草もポイ捨てせずにちゃんと灰皿に捨てている。酒だって記憶を失くすほど飲んだことはない。そんな善良な俺が、なぜ。
やがて、目当てのペンションが見えてくる。
どんなに怒り狂ってはいても、その事実は彼を少しだけほっとさせた。
<<  水の声音  >>
展示室
サイトトップ

[PR]口が臭う人の共通点…:臭いが見える対策は?