克服された痛み

 

 

 

  克服された痛み









 

黒竜がブラックドラゴンに現われた。四ヶ月振りのことで、ブラックドラゴンの拠点である「旧オリーブビル」内は大騒ぎだった。
ブラックドラゴンは、黒竜を慕う連中の集まりだった。元々、「ブラックドラゴン」というのは一人の男につけられた名だった。しかし彼 の“力”に惹かれて集まった男たちが、次第に「ブラックドラゴン」と呼ばれるようになり、彼は「黒竜」となった。
一般に、黒竜は「気まぐれで冷酷、強い“力”を持った得体の知れない化け物のような男」だといわれている。しかし、ブラックドラゴン の人間に言わせると、「それは黒竜の素晴らしさを何も知らないやつの言うことなんだな〜。まあそりゃ気まぐれではあるけど、実は一途 なんだ。何でもできるし身内に優しい、尊敬できる“超リーダー”なんだぜ♪」ということになる。自分たちだけが黒竜をできているのだ 、と。
しかし実際、ブラックドラゴンで黒竜の正体を知っているのは、木田という男一人だけだ。
木田は元々、ブラックドラゴンと対立関係にある組織、“牙”の人間だった。木田は“牙”から抜けるためにあるものを探した。彼はそれ を手にすることはなかったが、黒竜によって“牙”から開放されることができた。今はブラックドラゴンの幹部として、黒竜の傍にいる。


「――はぁ・・・・・・」
大喜びで群がってくるブラックドラゴンを振り切り、ようやく最上階フロアに辿り着いた黒竜は、ぐったりとソファに身を沈めた。
「もう少しマメに顔を出せ、黒竜。たまにしか来ないから奴らも興奮するんだ」
黒竜を含めて五人の幹部の一人、鹿又(かまた)が言う。このフロアに自由に出入りで きるのは幹部の五人だけだ。今は黒竜と鹿又、木田だけがいた。
その鹿又が、壁にかかっている時計を見て腰を上げた。
「来たとこ悪いが、俺はもう帰るからな。木田、コーヒーでも淹れてやれ」
木田が小さく笑って「はい」と返事をする。鹿又が出て行くと、黒竜の前にマグカップが置かれる。柔らかな湯気を立てているのは、ホッ トミルク。黒竜は何か言いたそうにしたが、結局文句も言わずにそれに口をつける。
「――木田」
「はい?」
牛乳を冷蔵庫にしまって振り向くと、黒竜は無表情でミルクに視線を落としていた。
「おまえ、いつまでブラックドラゴン(ここ)にいるんだ」
「・・・・・・・・・」
「もう、“牙”もおまえのことなんか忘れてるだろう。・・・・・・普通に暮らしたいんじゃなかったのか、おまえは」
「ここにいても、十分普通に暮らしてるけど」
みんなそうなんじゃないかな。木田がそう答えると、黒竜は微かに口元を歪ませた。再びソファに背を埋めて目を閉じる。
木田は何も言わず、静かに窓を開けた。
吹き込んだ風が、緩やかに二人の髪を撫でていった。


「律儀だね、黒竜」
「うるせえ・・・・・・」
翌日も、黒竜は疲れたように最上階フロアのドアを開けた。思わず笑いを洩らした木田を、ジロリと睨む。今日は二人のほかに誰もいない 。
その日もまた、木田は黒竜の前にマグカップを置いた。中身はホットココア、ご丁寧にマシュマロが浮いている。
「・・・・・・八月だぞ」
「冷房効いてるからねぇ」
黒竜のささやかな抗議は、今日も木田の笑顔に呑み込まれた。
しばらくは、黒竜がココアを啜る音だけが場を占拠していた。
「・・・・・・願いの鳥――」
木田が呟いた。
「あのとき俺は、“牙”を抜けるために“願いの鳥”を求めたけど」
「・・・・・・・・・」
聞いているのかどうか、黒竜は今日もソファで目を閉じている。
「手に入っても多分、総統には渡さなかっただろうな」
願いを、叶えることができるのなら。
「本当は、叶えたい願いがあったんだ、俺にも」
木田は静かに笑って、黒竜の頭を撫でた。
「・・・・・・。なんだよ」
「弟がいたんだ。生きてたら、黒竜と同じ年齢だよ」
「その弟を生き返らせたかったのか? ――願いの鳥で」
「そう、かな・・・・・・。ただ、一言でいいから謝りたかったんだ」
――両親が亡くなって二年後の、交通事故だった。
「仲は、よかったんだ。だから余計になのかな、色々なことが申し訳なくて」
小さい頃からの、些細なこと。おやつ分けてあげなくてごめんね、ケンカして泣かせてごめんね、自分だけ褒められてごめんね・・・・・ ・。弟を想うと、胸が痛んだ。
くだらねえ。黒竜が笑った。
「おまえだけかよ」
「・・・・・・え・・・?」
「一方的におまえだけが悪いってことなんか、そんなにねえだろ」
目を開けて、木田を見上げる。
「向こうだって、謝り損ねたことぐらいあるだろーよ。謝る必要もないようなことだろうけどな」
相手が死んでしまったから、後悔する。もう何も、してあげられないから。
生きていたら、謝ろうなんて思わない。それだけ些細な思い出たち。
「黒竜は、謝りたいと思った? ・・・・・・ブルーデビルに」
「・・・・・・あいつに謝ることなんてねぇよ。あいつも俺に謝らねえんだからな。お互いさまだろ、そんなの」
「――・・・・・・そうだね、黒竜」
木田は目を閉じて微笑んだ。


弟は、黒竜と似ていた。目つきが悪くて口が悪くて、素直じゃなくて。でもいい子だった。
「黒竜よりはかわいかったけどね」
木田の呟いた言葉に、鹿又が笑った。
「“かわいい”って基準で考える相手じゃないだろ、黒竜は――とまあ、本人に言わせればな」
「プッ。・・・・・・あれ黒竜、今日も来たの」
「・・・・・・帰る」
「おいおい拗ねるな。木田、コーヒーでも淹れてやれ」
鹿又に言われて甘いカフェオレを淹れると、黒竜は仏頂面でそれを受け取った。
「・・・・・・なにニヤついてんだ」
「いや別に。・・・・・・あれ、黒竜。いい匂いするね」
木田は少し考え、「お花屋さんの匂いだ」
「ほっとけ。おい、何か食うもんないか」
「なんだ、昼喰ってないのか。よし、俺が何か作ってやろう」
鹿又がソファから腰を上げようとすると、
「いい、自分でやる」
サッと立ち上がった黒竜がその肩を押さえた。「おまえは座っててくれ、是非」
「どういう意味だ、黒竜」
「さて、チャーハンでも作るか」
「どういう意味だ、黒竜」
二人のやり取りを笑顔で見守りながら、木田は答えを探し当てていた。“牙”の脅威がとっくになくなった今も、ブラックドラゴンにいる 理由。
最初のうちは、黒竜が弟に似ているからだった。傍にいたかった。傍にいて、もし何か役に立つことができれば、それが弟への罪滅ぼしな るんじゃないかとも思っていた。だがその理由も、昨日消えてしまった。もう胸は痛まない。弟に謝らなければいけないことなど、何一つ なかったのだと気付いたから。
それでも、まだブラックドラゴンから離れるつもりはない。それはやっぱり、他のブラックドラゴン(みんな ) と同じように。

(きみが好きだからだよ、黒竜)





05.6.2
琉華仙 黒兎さまの2900&2929hitリクで『克服された痛み』でした。
水の声音番外編でブラックドラゴンにしてみました。あ、最後の。好きといっても恋愛感情じゃないです(笑)。
もう一つはもうしばらくお待ちください。




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